2009年12月21日月曜日

|ω・`)っ~瓶と壷~

先日ふらりと土器を触ってきたロビンです。
某資料館では不必要になった土器の破片を触る事が出来るコーナーがあるのです。
名前が確か・・・土器を触ってみようドキドキコーナーだったかな。。。

まぁ、、、こーむいんにしては頑張ったネーミングでしょうw
どうってことのない素焼きの破片なんですがね?縄文様が表面に施されていて、一つくらい失敬してきたかったのですがぁ やめときましたっ!

ついでだから歴史資料をツラツラと見てまわりました所~ 興味深いものを見つけました
それは棺桶なんですが弥生時代の棺・・・は瓶棺で埋葬されてたと記憶してますが、当時は子供の死亡率も相当高かったようでして子供用(ちみっこよう)の棺として『壷棺』なる小型の代物があるのです。

でね第一印象が、あーなんか恐竜の卵みたいだって思ったわけよ。
立ち止まって想像してみてたら←この時間が大変楽しいのである その当時の子供の死因ってなんじゃらほい? 餓死?はしか?外傷? 即死は少ないだろうけど短期間で健康体から死体になったのかな~

だとしたら、棺ってあらかじめ作っていたのだろうか?
瓶棺と違い壷棺は子供の成長という変数があるので興味深い問題です。
素焼きだって①粘土とってきて ②形成 ③乾燥 ④本焼き 位の工程が必要であろう?
一発勝負で焼いて割れて焼きあがったらどうしる? 死体は腐乱してるんじゃないかな・・・
それとも当時なりの防腐処置などがあったのだろうか?

そして心理的な問題として、子供が病気になったら壷を焼き始めるとか親にとってはたまらなく悲しい事だろう。

また仮にスーパーで卵を1パック買って来てもらって10個の卵の親鳥が同一であると考える人間はそういない。
何故ならパーソナリティが不在でどれも同じに見えるだけなのだから。

他人にパーソナリティを主張できるのは埋葬場所と墓くらいなもので、棺に限ってはナリの大小くらい。←丁度卵のサイズのようにS,M.L.LLとかね。

ロビンが見た限り複数の壷棺は形成技術が高く、個人または家族単位が作ったにしては洗練されている印象を受けてたのです。 かつ、パーソナリティが見えない。 弥生時代といえば灌漑施設をもち定住生活をしてたはずですから簡単な分業がすすみ壷名人がいたとしても不思議じゃないわけです。

例えば籾を入れる壷があったとしましょう、自分の壷くらい見分けが付くはずですが他人に自分の壷である事を証明するには壷に『サインか模様』が必要になるんじゃないかな~

推測ですが縄文式土器も誰の持ち物かを示す機能があったかも知れませんね。個人が作っていたとしたら尚更パーソナリティを壷に残したくなるはず。
現代の陶工だって裏側にサインを残してますものね?^^


埋葬場所について説明すると、納骨堂の方は盲点かもしれませんが、ロビンのところは代々土葬でして墓が何段も縦横にありまして昔に遡るほど墓碑なんか刻んでなくてただの石と見分けがつきにくくなってきます。 で、時々ちいさな墓石(ま、石ころだけど)がありまして子供のお墓だったりします。
いってみりゃ墓石の進化系図のような役割を持っているのですょ。

壷の焼成温度は低温でしたね焼き色が暗褐色で色むらがありませんでした~

0 件のコメント: